横顔対談


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まず飽きよ(甲)。

Ω え~っと、先生。あとこのテープレコーダー、61時間34分収録できます。

 

ω それはいいね。

 

Ω ありがとうございます。実は先生、お会いするまえに私の名前をご覧になって、「この子来ないよ」とおっしゃったということで、最初は縁がないのかなあとおもってたんですよ。結界に弾かれた的な。

 

ζ 違う違う、「来ても続かないよ」って云ったのよ。

 

ω そうそう。でもね、実際に会って、顔を視て。これはいいと判断したの。しかも茶人でしょう。茶人、茶人していないところがよいよね。茶人はいい加減なくらいじゃなきゃダメよ。

 

Ω たしかに自分、メッチャ飽きっぽいんですよ(笑)。

 

ω で、ま、これはいいな。続くなあとおもったわけです。

 

Ω お茶もそうなんですけど、利き手の反対側を重視するじゃないですか。もともと自分はテニスで箸を視るクセがついてしまって、女性が箸を持つときの薬指を重視しているんです。薬指ってのは、五本の指のなかで最もインナーマッスルが深くまで通っている部位でして、薬指が伸びた状態で箸を持つ女はよい女だみたいな。それからお茶と出会って、反対側の薬指も視るようになったんですが、先生の書を書くときの両方の薬指がビンビン伸びておりまして。そこに惚れました。

 

ω え、そうなの?!男の場合は、どうなの?

 

Ω おそらく、おシンシンも長いんじゃないかと(笑)。真面目な話、薬指を曲げて箸を持ったとしても、それはそれで正しい箸の持ち方なんですよ。でも、薬指を伸ばして持たれる方は概して、普段だら~んとしていて、やるときはやるという力の入れ処を分かっていらっしゃる方が多くてですね。逆に、曲げて持たれる方は、全部がんばっちゃうが故に、無意識に力の抜き処を探しがちですよね。ま、そもそも先生の場合はもともとの指が長くて綺麗ですけど。

 

ω そうかね。

 

ζ うん、長い長い。

 

Ω カンボジア語で、長い長いって云うと、了解了解って意味なんですよ。カンボジアにいると、皆、長い長いって喋っているように訊こえます(笑)。ところで、先生、書を視るときは、どこを視ていらっしゃるんですか。

 

ω うん? 何も視てない視てない。意識を向けるとロクなことがないからね。意識を向けないで、パッと視ればわかりますよ。

 

Ω すごいですね。真っ白で視たほうがよいということですか。どこの言語もそうですけれど、結局、直線と直線を交差させて基本的に文字を作っているといいますか。当然、二次元の形を作っているんですけれど。あれなんかは何故なんでしょうかね。

 

ω 直線と直線が重なる?

 

Ω そう、だいたい直線と直線で。あとはちょこっと線を曲げたりとか。

 

ω あゝ、やっぱり、ほら? 人間ていうのはどちらかというと複雑な現象を受け入れる能力がないんでしょうね。

 

Ω なるほど。シンプルじゃないと、もういいやみたいな。

 

ω そう。シンプルな方向に流れてゆくのが人間なんでしょうね。

 

Ω じゃあ、もし三次元の書とかがあったら、キャパオーバーということでしょうか?

 

ω オーバーなんだろうね。だから、複雑なのを受け入れるのに長けていないのが人間なのだとおもいます。逆に、シンプルのなかに深い現象があるのがよいと感じるんだろうな。

 

Ω おもしろいですね。人間ってこれまでの歴史を視てみると、複雑の方がよいみたいなところがありますが、それは頭で考えているんですかね。

 

ω 頭で考えちゃってるんでしょう。だから、頭をとっぱらった純粋度が高くなればなるほど、物事というのはシンプルになっていくよね。複雑なあいだは、原始的なわけ。機械でも何でも。わかりやすいというのがいいじゃないですか。

 

Ω そうすると、やっぱりたしかな書家の方というのは、点を打っただけでわかるのでしょうか。

 

ω そうそう。もう置いた瞬間にわかるよ。置いた瞬間にまだだなとか。人間だって所作を視ればわかるじゃん? 家や育ちから何から何まで。

 

Ω そこまでわかりますか?

 

ω うん、わかるよ。もう所作が乱れていれば、もうダメって。わかりますよ。これはもう勉強してできる分野とは違うじゃない。根から持っているものだから。

 

ζ ここに来てね、いきなり草書四文字を書いてごらんって云われて、それを書いたら、「君は毛並みがいいね」って云われたの。私、毛並みがいいって初めて云われて。

 

Ω 毛並みがいい? 先生、どこの毛並みがよかったんですか(笑)。

 

ω いやいや、全体の毛並みがいい。一事が万事で、あ、毛並みがいいとおもったら、凡て毛並みがよいよね。Ωだって、また違った意味だけど、毛並みがいいんだよ。

 

Ω おそれいります。先週、或る霊能力者に「あなた毛根に300万体の地獄靈がついているわよ」と云われたばかりなんですけど、なんか自信が持てました。15年くらいまえですかね。自分、毛についてしか執筆しなかった時期があったんですよ。ちぢれ毛に惹かれて。

 

ω ちぢれ毛もいいよな。

 

Ω 全裸主義だったんで。陰毛とかが日常的に床に落ちるわけです。で、時折、その当時の女友達が来て、自分の陰毛を稲穂拾いのように拾ってくれたんですね。あ、こいついい女だって(笑)。

 

ω それはそうですよ。

 

Ω ま、毛について話してもアレなんで、閑話休題。先生、先ほどのシンプルのなかに深みがあるというのは、どうやって遊べば身につくのですか。

 

ω だから、遊ぶだけ遊んで、まず飽きないと。で、飽きて飽きて、飽きないと本当の味がわからないんじゃないかな。女に飽きて飽きて飽きないと、本当の女が看えてこないのと同じでしょう。「私、彼のことが好きなのよ」と云っているあいだは、本当の恋愛をわかっていない。食べ物でも、飽きて飽きて飽き果ててからでしょう。本当の味覚が冴えてくるというのは。そういう段階から、徐々にシンプルというのが感じられていくんじゃないのかな。やるところまでやらないと、シンプルさはわからんよ。

 

Ω 所作であれば、時間が短くなることもシンプルのうちですか。

 

ω そうだね。で、やっぱり時間が短いうちにやった動作の方が綺麗ね。横着じゃないと。あれもこれも全部氣がついてやっていると、段々シンプルの逆になってしまうから。

 

Ω 八時間やら十時間やら、腰をふってセックスしているうちはダメなんですね。

 

ω だから、十時間くらいセックスすると疲れちゃうじゃない。で、考えるわけ。どうやったらもっと短い時間で、同じものが味わえるのかと。

 

Ω 崩すということですか。

 

ω それもあるかもしれないけど、より効果的にということだよ。

 

Ω 十時間のセックスを一分で終わらせるためには、どうしたらよいんですかということですね。

 

ω そうそうそう。

 

Ω じゃあ、楷書と草書を較べると、草書の方がシンプルなんですか。

 

ω ええっと。楷書もシンプルだし、草書もシンプルだよ。ただ、楷書というのは坐っている姿だよね。もうひとつのは、走っている姿だよね。楷書というのは、正装的ないでたちがあるけれど、草書というのは、どちらかというと寝間着姿かな。

 

Ω 姿は違うけれど、どちらもシンプル?

 

ω シンプル。だけど、草書の方が楷書よりも速記だから。で、中国の方がどちらかというと遅れていて、日本の方が進んでいると。その遅れ進みってどこから来たのかというと、中国は漢文だけで終わっているじゃない? 日本は仮名文字が創作されたので、仮名の方が速い。だから、その分、文化が早く成長したんだよ。

 

Ω 仮名を発明した人はすごいよね。漢字の草書をさらに崩して、仮名にしたわけじゃないですか。崩したのをさらに崩したみたいな。

 

ω すごいよね。だから、そういう意味では、日本の文化というのは簡素化の文化なんだよな。合理的だから、実質的な文化なんだ。合理主義。

 

Ω 究極的には、書いたとおもったら、もう書けちゃったというような感覚ですか。

 

ω そう。それで日本人というのは、シンプルで終わらないんだよね。シンプルのなかに深みを持たせるというか。

 

Ω 飽きて、簡素化して、深めるということですか。

 

ω 象徴的な文化だよね。西欧のは、十のものを十二とか十三にする文化だけれど、日本のは十のものを七とか八に引く文化だから。で、引いた分を何か加味していかなければいけない。その分、表現でき得ぬ表現というのをどこか醸しださなければいけない部分がある。そういうときに、間を持ったりだとか、空間を持ったりだとかするわけでしょう。

 

Ω 枯山水の余白をイメージで補えということですかね。

 

ω その通りだね。

 

Ω なんでこんな文化ができちゃったんですかね、日本は?

 

ω やっぱり日本というのは国土も狭いし、道路も狭いから。遷都するにしても、限られたものを持っていかなければいけないじゃない?

 

Ω 選ばなければいけない。国土が狭いからシンプルにならざるを得ない。運ぶにしてもということかあ。ここもそうですよね。先生の書いたものって、世界にこれから行くんでしょう? 誰もこんな狭いところで書いているとはおもいませんよ。

 

ω そうだろう。それなんかは博物館に飾られるんだけどさ、場所がないから、天井に画びょうをさしたりして、保存しているわけだ。現実とまったく乖離しているじゃない。おもしろいね。

 

Ω 先生はいつ頃、書を飽きたんですか。

 

ω 僕はね、もうやるまえから書に飽きてたね。

 

Ω そんな境地があるんですか!

 

ω うん。やるまえからやる氣がなかったのがよかったのよ。要はね、僕は識らないことを放っておける人間なの。で、識らないのを放っておけない人間は駄目。

 

Ω 凡てがどうでもよい境地ですね。

 

ω そうそうそう。そうじゃないと、文化は引き継げないよ。だから、僕はΩは大丈夫だと云ったんだ。へへへ。

 

Ω その点に関しては、自信あるなあ。

 

ω つたないものをつたないなりに美しくなる文化だから。つたないものをつたなく視る奴は駄目よ。想像の振れ幅がない。我々はやるまえから飽きているんだ。

 

Ω やるまえから飽きているって、素晴らしいなあ。

 

ω だから、飽きようがないのよ。やるまえから飽きているんだから。

 

Ω 深いですね。真髄に訊こえるのが怖い。

 

ω 真髄でしょう。

 

(乙に続く)

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