横顔対談


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言語

対談者:ξ・Ω
2014年10月31日~

 

意味不

 

2009年07月29日03:461: ξ

あなたは英語教師で英語研究家だそうですけど、どうしてそんなことをしてるんですか。何か幼児期に辛いことでもあったの?

 

 

2009年07月30日00:492: Ω

昔、愛犬が妊娠したんです。そのとき、僕は中学生でしたので、犬にHを先越された劣等感に満ちていたと思います。若いときの辛い経験と言えるでしょうか。で、散歩中、いつの間にかよその犬に噛まれていたらしく、結局、5匹中、4匹の仔犬が液体状の犬として、まあ、産まれたと言うか、亡くなったんですよね。

 

こういう液体状の犬とか、事故でグチャグチャになった犬というのを、英語はdogって表すんですよ。

 

普通の犬は、a dogって、aがつくんですが、英語は、なんか液体ちっくなものと固体ちっくなものを分類している言語と言えます。日本語には、そういうことはあまりないんです。

 

 

There is dog all over the street

道にぐちゃぐちゃになった犬がいます

 

There is a dog in the park

公園に犬がいます

 

 

日本語の場合は、ぐちゃぐちゃになってようが、かたまってようが犬は犬なんです。英語を話す人ってのは、そんなグチャグチャとかコリコリを見て、言語を使い分けているんだと思うと、日本語より興奮する部分があるんです。このコリコリとグチャグチャを分けるという習慣が、民族の人生観にまで繋がっている気がするんです。そんなところが、面白いところなんですが、まあ、お金にはなりませんし、誰も興味も持たず、興奮をしない分野でもありますね。

 

ξは、言語について、面白いなあって思うところとかあるのですか?

 

 

2009年07月30日04:493: ξ

その「a」が気になるよ。「a」が。どのへんにコリコリが潜んでるんだよ。俺には「あ」としか読めない。

 

じゃあ、じゃぶじゃぶのカレーは「a」がつかなくて、トロトロしたカレーは「a」がつくの?

 

 

2009年07月30日07:504: Ω

そうですね、curryで辞書を調べてみますと、可算名詞でも不可算名詞でもOKってありますから、話している本人が、このカレー、液体だわって思えばaはつかなくて、カレーライスみたいに完全に固体になっちゃったら、確実にaはつくんじゃないんですかね。waterは水だから、普通、aはつかないんですよ。でも、無理やりa waterにすると、まあ、コップ一杯の水だろうということで、通じるわけです。

 

これ面白くないですか。

 

ただの「あ」が、私液体なのにってやつを、無理やり固体にしてるんすよ?ウンチという名詞が、下痢なのか正常なのかという性質は、名詞自体ではなく、全然関係ない「あ」が握っているわけです。

 

そういえば、昔、超うさんくさい本に、宇宙は「あ」から始まったって言ってましたね。なんかつかみどころのない宇宙が、「あ」によって、なんか形になったんじゃないんですか。

 

 

ビッグバーンなんて、所詮、「あ」なんですよ。

 

 

ちなみに、禅とか仏教とかで、「大極」という言葉で、ビックバーンの前を見ろ!って教えがありますけど、僕はビッグバーンの前は、やっぱりビッグバーンがあって、そのまた前もビッグバーンだったと思うな。今のビッグーバンは、216回目のビッグバーンになりますね。

 

 

 

あ~、あと、僕の「あ」という文法に反応して、ξが、

 

<じゃあ、じゃぶじゃぶのカレーは「a」がつかなくて、トロトロしたカレーは「a」がつくの?

 

こうおっしゃってくださったじゃないですか。

 

これがホントの英文法だと思うんですよね。つまり、なんかひとつの法則を聞いて、新しいことがなんとなく予測できるってやつ。そうるすると、まだ習ったことない英語が、ある程度、予測できて書けたり、話したりできちゃいますよね?そりゃ、ネイティブじゃないですから、失敗なんて星の数よりもしますけど、なんか知らないけど、未知の言語に対して、予測がたつってのはすごいことなんです。

 

 

2009年07月30日11:286: ξ

ちょっとちょっと、僕らの対談すごいじゃない。すでに世の中の核心に到達しちゃったよ。「あ」がビックバーンだなんてねえ。「神様のパズル」って映画で、ビックバーンの直前にインフレーションとかいう間があるって説明があったけどあれなんかな。

 

ベートーベンの「運命」のジャジャジャジャーーーンの楽譜の最初は八分休符なんだって。それが「あ」らしい。面白いけどよー分からん。でもさ、Sが「ビックバーン」の音は「あうん」って音だったって言ってたけど、そう考えると面白いじゃん。下痢が治った!みたいな音だよ、「あうん」って。

 

 

2009年07月31日11:287: Ω

Sは本当面白いですね。ビックバーンっていうくらいだから、普通、バーンって音なのかと思ったら、「あうん」ですか。下痢が治ったみたいな音というのは賛同しかねますが、和っぽい音だったんですね。

 

 

あと、インフレーションというのは初めて聞きましたが、右の乳首と左の乳首が入れ替わるくらい、面白いです。武道の達人でも茶道の達人でも、よくあると思うのですが、これが最終奥義だみたいな技を見せられても、速すぎてというより、静か過ぎて、よくわからなかったという現象が生じるじゃないですか。その間も、そんな感じな気がしますね。宇宙があっという間にできたんだけど、そのやり方が静か過ぎてわからなかった。。。みたいな。

 

 

静かなんだけど、動いている。

 

 

こういうのは、なんだかナナメで好きです。音であれば、無音なんだけど、綺麗な音が出ているというような感じでしょうか。

 

 

 

2009年07月31日17:108: ξ

まず言っておくけど、「あうん」が下痢が治った音っていうのは「うん」に「あ」がついたからってことですから。分かってる?

 

 

Ωに聞きたいんですけど、日本語で「私」ってのはいろんな表現があるじゃないですか。僕とか俺とか、ワタクシとか、おいどんとか。「ユリリンは~」とかって自分の名前を言う人もいれば、何も使わないこともある。何かの本で読んで面白かったんだけど、日本語は相手に合わせて主語を使う、と。相手が偉い人なら「俺」はやめて「私」にしようと判断したりさ。確かにそう思うよね。つまり日本人は確固たる自分がないじゃないか、と言うわけ。

 

 

でも少なくとも英語は「Ⅰ」だけだと。絶対唯一の自分があると。詳しいことは忘れちゃったけど、その本では神の存在がどーたらとか書いてような気がする。そのへんのこと、Ωはどう思います。主語と人間性とか、国民性とか。

 

 

ちょっとカッコいい質問だけどさ。

 

クサタマ

 

 

2009年08月01日16:009: Ω

チョムスキーって、くそ真面目なおっちゃんが、

 

言語の文法を見れば、その民族の性質がわかる!

 

とかおっしゃってたと思うんですが、僕もそう思いますね。

 

 

例えば、日本語では、

 

「燃やしたけど、燃えなかった」

 

ってOKじゃないですか。でも、英語圏の人は、

 

「I burned it, but it didn’t burn」

 

って、言わないんですよ。

それ燃やしたんでしょ?だったら、それ燃えきっちゃってるんだから、燃えないってどういうこと!!って感覚なんだろうと思います。

 

 

日本人って、やったけど、やっぱ、やってないよ~みたいな曖昧なところあると思うんですよね。対照的に、英語圏の人は、やるならやる、やらないならやらないって白黒つけたがると思いませんか、言語も民族性も♪

 

もうひとつの例としては、

 

「机の下にねずみが走っていた」

 

と日本語で言うと、机の下をチュウチュウぐるぐると走りまわっている感じですよね。つまり、机の下から移動しません。でも、英語は、同じ表現しても移動するんです。

 

「The mouse ran under the table 」

 

と言うと、上の日本語のような意味ではなく、机のないところから机の下にネズミが走りこんできた、もしくは、机の下を通って、そのまま他の場所へ走っていってしまったという意味に英語はなります。

 

英語圏の人は、とにかく移動して、結果ださにゃきゃ気がすまないんですよ、きっと(笑)逆に、日本人は、茶道とかでも、茶を出せばいいというのではなく、そこまでどうやって茶を点てたのかということを重視します。どっちが良い悪いではなく、これは明らかに言語からきている特長だと思いますよ。

 

 

やっと、ここで本題の「私」のお話に入りますけど、英語圏の人はメチャクチャ因果関係が重要なんです。だって、どういう状態からどういう状態へと移動または変化したのか、気になって仕方がない人たちですから。そのときに、誰のせいで物事がこう変化したのかっていうのも重要になってくるじゃないですか。

 

「する」タイプの民族です。

 

だから、因果関係の原因となるべく主語に「私」が来た場合、日本語のように曖昧だったら困るんじゃないんですかね。で、確固とした主語を使ってきたから、個人主義が生まれ、一神教が生まれたんですよ、たぶん♪日本人は、そんな因果関係よりも、「(自ずと)なる」タイプの民族なんだと思います。因果関係なんて、どうでもいいから、八百万の神でしたっけ、神様もたくさんいて、「私」を表す言葉もいい加減でいいんです。だって、主語が何をしようが、自然になっちゃうんですから♪だから、英語よりも日本語の方が、主語の省略が非常に多くなるんだと思いますよん。

 

 

2009年08月01日19:4510: ξ

似てることかも知れんけど、英語では「忘年会」に当たる言葉がないって聞いたことがある。本かな。日本人は一年のサイクルを円のように考えていて、最後の方には忘れよう、と。そしてまた年が明けると「めでたい」と言って新年会をすると。今年も改めてがんばろうって。つい先週忘年会して、今度は新年会。これは円の発想だよね。

 

なんちゅーか、らせん状的な歴史感。

いっかいおじゃんに出来る。

 

 

それに対して英語の人たちは線なんだろうねえ。もう、ずっと続いてる。もしかして、日本は昭和とか平成とか天皇陛下の区切りで年号を変えるのに対して、あっちは西暦でずっとカウント続けるのもそういうことなのかも。言語をキーワードに和洋の歴史観まで見えてくるんだねえ。ま、すべて根拠はないし、俺は英語知らないから確信はないけど。もっとしょーもない話をするはずがエラク真面目になってきた。

 

 

ところで英語で、キックユーアスとか、ファックとか、屈辱的な言葉はみんな性的加虐的言葉のように認識してるけど、その辺はどうなんでしょう。

 

 

2009年08月02日10:5111: Ω

でも、アレですね、線的だろうが、円的だろうが、レベルは低いと思いますよ。

 

線なんて、一次元、円でも、二次元でしょう?

 

やっぱり、円を360個くらい用意して、三次元の玉にしないと♪無限に近い視点から見れる人はやっぱり強いですよね。昔、ファッキングジャップくらいわかるよ、バカヤロー!!って北野武監督の映画の台詞を一日中、唱えていたことがありますが、性的加虐的言葉については、よくわかりませんでした。

 

By the way, ξは、阿武隈川を泳いで、地元の人からタマちゃんと呼ばれてみたり、川でオリンピックなるものをやって、川で綱引きしていらっしゃいますが、昔、川で何か落し物でもされたのですか?

 

 

2009年08月02日15:3314: ξ

昨日のテレビで僕が撮った映像を北野武監督が見たんだよ。すごいでしょ!やきとりじいさん体操だけどさ。

 

 

ま、いいか。

 

 

川はね、全然何も思いもなかった。正月に一族で飲んだ時に「阿武隈川を河口まで泳いだら面白いなあ」という話題になって、それが実現されちゃっただけのことで。やってみたらいろいろ問題が見えてきたり、新しいアイデアが出たりして、今はいろんな取り組みをしてるって感じです。やきとりのこともそうだけど、俺の場合は、自分からこれを!っていうテーマはあんまりないの。基本的にはナマケモノなので。

 

 

誰かからふられたネタを膨らますって感じです。ナナメに膨らますというか。

 

 

こないだ「ブラックジャックをよろしく」ってマンガを書いてるSS先生と公開対談したんだけど、彼も似たようなことを言ってたな。医学マンガとか海上自衛隊マンガとか描くヒントななんだったのか?って質問があって、どれも自分で考えたんじゃなくて編集者からテーマがふられたんだって。「今度は医学界のマンガはどうか?」って。、それから取材して調べて自分なり切り返すって言ってたよ。

 

このへんも主体性が英語圏とは違うのかな。

 

 

2009年08月03日06:3615: Ω

北野監督といえば、世界の北野。とうとう、やきとりじいさん体操、世界デビューなんじゃないですか!あれですよ、歌詞だけ英語にして、YouTubeに貼られてはいかがですか。いいですね、SS先生といい、その場の雰囲気にナナメにのっかるという姿勢が、大好きです。

 

 

普通、主体性ゼロで、阿武隈川は泳ぎ切れませんよ(笑)日本語というのは、「場の言語」と呼ばれていて、英語というのは「主体の言語」って呼ばれているんですよ。

 

日本語:雨が降っている。

英語  :It rains

 

って言うと思うんですけど、僕たち日本人にとっては、Itという主語は意味が不明ですよね。

 

そんなにまでして、主体性を出したいのかって!(笑)主体性を主語に出したくて、むんむんしている言語は、英語の他に、フランス語・ノルウェー語・デンマーク語・スウェーデン語・ドイツ語・オランダ語なんかがあるらしいんですが、じゃあ、この人たちの特徴なんですか?っていうと、語尾に子音がくるケースが結構多いんですね。逆に、日本語の場合、語尾に母音が100%来ます。よく日本語は左脳を、英語は右脳を働かせてコミュニケーションをとるってお話を娑婆で伺うんですが(笑)、実際は、そんな単純に分けられるものじゃないんです。

 

 

でも、母音の「a」の脳波に限っては、日本語は明らかに左脳を使っているのに対し、英語は明らかに右脳を使っています。

 

 

日本人の8割は、利き目が右、つまり、左脳をじゃんじゃん使いまくる方々なのですが、左脳って、今まで学習したことを整理して、なんか論理的に構築する場所ですよね?それなのに、日本語よりも英語の方が、因果関係を重視しているってのは非常に面白いなと思います。

 

 

2009年08月03日12:2216: ξ

俺はね、前からあやしいと思ってたんだよ。そのIt。なんかさ、何かというと出てくるじゃないですか。雨は雨が降ってるんだから君は関係ない!って言いたい。Itに。あんた誰なのって存在ですよ。こいつは。

 

 

人間でもいるよね、そういう人。

 

みんなでしゃべってると自己主張ばっかり言う人。そんな感じが前からしてたんですよ。で、Itって何者なんですか。なぜこいつは自然界とか、そういうところにシャシャリ出て来るんですか!

 

 

2009年08月03日21:2217: Ω

自然界にitって、乳首に紫陽花咲いているやうな違和感がありますよね。英語のitとかthereって、虚辞って呼ばれているんです。おまえ呼ばれてないけど、テキトーに主語の位置にでもいっとけ♪って、ある意味、ものすごく広い才能を持ったやつです。なにかテキトーに置くにしても、itはないですよね。もっと興奮しそうなやつにすればいいのに。

 

 

2009年08月03日22:4618: ξ

虚辞ねえ。

哀しい言葉だねえ。

 

誰かが救ってあげないといけないな、それは。

 

 

itってさあ、なんか音感が弱っちいもんね。あのさ、昔読んだ本に書いてたんだけど、日本語って断言しないんだって。今もそうだけど、「哀しい言葉だ。」ってハッキリ言わないで、最後に「ねえ」なんて付けてしまう。大将軒ラーメンはうまい。と思ってても、

「大将軒のラーメンって美味しいじゃないですか」とか

「大将軒のラーメンって美味いよね」とかって、最後に相手に対する配慮とか確認言葉を入れたがるのね。

 

ま、今言った「のね」もそうだけど。もっと極論を言えば、居酒屋の注文なんかも「えーとりあえずビール4、5本、やきとりの皮を5、6本、枝豆は1つ、いや2、3個持って来て、とりあえず」なんて、すごーくグレイな注文をしちゃう。これはなんなんですかね。はっきり断言するのが苦手な人種なのか、言語なのか。

 

 

2009年08月04日08:3319: Ω

僕はそういう日本的なところが大好きなのかしら。

 

 

言語の限界を知りながら、言語を使っているというか。そんなこんなの曖昧性があるのが、日本語じゃないのでしょうか。はじめに、言葉ありき。僕は言語が人種を作り、ある種の文法が言語を作っていると思いますね。

 

 

2009年08月04日13:2320: ξ

なんだかほどよくまとまった感じだね。とても得るものがありました。君はちゃんと勉強してるんですね。やっと分かりました。

merumaga

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